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2019-08

融合と解体 部活ガイドラインに寄せて - 2018.11.23 Fri

畑違いのふたつの記事ですが、今の世情に感じていることを説明してくれてるなぁと思ったので、それをきっかけにつらつらと。

【今、野球と子供は。】壊滅的な中学部活の軟式野球「ヤキュイク」広尾晃

ECから撤退して店舗を強化するドンキの狙い [中井彰人,ITmedia]

前記事は、近年中学校軟式野球部の部員数が激減する一方、クラブチームの「塾化」が進んでいる現状に関する考察。著者の広尾さんは私と同じくらいの年齢

後は流通ジャーナリストの記事なのだが、以前の主婦は車で買い物できない人が多かったので平日は近所のスーパーで買い物をし、週末にパパの運転でショッピングセンターに行ってたけど、最近の現役層は共働きかつ運転できる女性が多数派なので、遠くても駐車場が広くて品ぞろえの良いお店にでかけますよ。という指摘に頷いた。(本題はそんなの関係なく売ってるドンキはネット通販に勝てるのか?ちゅう内容)

そこから連想されるのは、少年野球や小学生ソフトボールチームの今後の在り方。
「同じ学校や近所の同級生が集まって甲子園行こうぜ!」みたいな八重山高校とか金足農業伝説は、今や希少。希少だからこそ人気が出た。
チームのエリアも広がるし、試合会場も遠くなるし、送迎車は増えるし・・・・

いろいろな問題点についてはすでに指摘されまくっていて、ほぼ答えは出ているのだが「そいうは言ってもなかなか変われない」じり貧状態は続いている。

5年前には文部科学省からこういう調査研究報告が出され

http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/jyujitsu/1335529.htm

今年の3月にスポーツ庁から
「動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が出て
http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/013_index/toushin/1402678.htm

今年の5月に福岡市教育委員会から
「福岡市立中学校における運動部指導のガイドライン」(28年に出たの改訂版)が出ました
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/51812/1/bukatsudou_guide.pdf?20181026132854

私がごちゃごちゃ書くよりも、今の部活や子どもをとりまくスポーツの問題点および方向性はこれらガイドラインにあらかた書かれていると思うのですが「地域密着のスポーツクラブ(特に野球」のひとつのアイディアとして、以下の突飛な思い付きを提案したいと思います。

どかーんと突飛っちゃいます。

学校の年度に合わせた今の4月~3月シーズン(小学生)を見直す
9月1日を基準として、年齢別でカテゴリを設ける。

10歳以下(4年生の8月生まれまで)は厳格な活動日数制限を設ける(年間50日程度を上限とする)

チームの活動期間9月から夏休み(8月)まで
秋から4年生(4月~8月生まれ)、5年生、6年生(9月~3月生まれ)で活動を行い、チーム編成が単独で難しい場合は、中学校区を基本としたエリアでクラブチームを構成。より具体的には学年児童数250~300人程度?

6年生(4月~8月生まれ)は9月から中学校校庭で活動するクラブチームに移行。これは物理的な制約から軟式野球にならざるを得ないでしょう。指導は独立して行う。(教員が行う部活動でなくなりますが、教員が個人として指導に参加することも可能)

硬式クラブチームは別途、春前にセレクションを行う。希望者は硬式に進む。

まとめると、9歳の夏休みまでは徹底的にのびのび。

10歳から12歳未満まで、比較的今の小学生レギュラーチームに近い活動(もちろんもっと休みを増やすなど改善は必要ですが)

12歳の9月からは中学生といっしょに活動。新しい環境に移る。ただし9月~3月生まれまでは、中1の夏までは小学生といっしょの活動。


どんなもんですかね?
小、中、高と「4月~6月生まれの子」が中心となるチーム編成の偏りも是正される?
本人の意向を尊重した飛び級の導入なんかもあり得る。

しかしこれって、結果としてあにはからんや「中学部活野球の解体論」ですね笑
中体連が絶対許さんわ。
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観客にとって美とは何か? - 2018.11.13 Tue

平日休日。天気は良かったが北風が強かったので、当初予定していたロングライドは取りやめ、街乗り用の自転車に乗り換え映画を見に行くことにした。
クイーンのフレディマーキュリーを描いた「ボヘミアン・ラプソディ」
私は洋楽についても和楽についても語るべきほどの知識経験をもたないが
それでもクイーンのレコードを初めて聴いた時の衝撃は今でも憶えている。
中1だった(もしかしたら中2)。1974年。

音楽ものごころついたらビートルズは解散していて
サイモン&ガーファンクルとか、カーペンターズとかソウルトレインとか
そういう中で、英語を習い始めた少年たちにとって
「女王を殺せ」と歌う「イギリスの4人組」は強烈なインパクトを与えたのでした。

映画を観たあと、天神(今泉?)のSONYストア2階で開催されている
Behind the picture 写真展-月刊九州王国-へ


昔スタッフとして関わっていた雑誌「月刊九州王国」に掲載されている写真を中心とした写真展なのだが
特筆すべきは、その多くがSONYの4Kモニターで「展示」されていること。

撮影機材がデジカメ(αシリーズ)なんだから、展示もデジタルが自然なのかも。
「月刊九州王国」は基本紙の雑誌なので、プリントからの決別とかそういう大げさなことではないのだけれど

ちょっと思ったのは、クイーンの初期の音作りというのは
当時最先端のデジタル楽器だったシンセサイザーを排し
アナログを追求した手法で「それまでにないもの」を作りだそうとしたということ。

そもそも「現代」の音楽は、どこかで必ず電気的な複製・加工が行われた上で
私たち「聴衆」の耳に届いているということ。

200年くらい前までは、全ての音楽はアコースティックで
全ての絵画は人の手によるものであったということ。

50年くらい前までは、アナログレコードとモノクロ写真だったこと。
その頃テレビが普及したこと。

電気的に複製されたコピー(レコード)が何枚売れたか?ということを競ったのが
昭和の音楽。
アナログ的に複製された印刷物(主に雑誌)が何人の目にとまったか?ということを競ったのが
昭和のビジュアル。

平成という過渡期・変革期・革命期を経て

さて新時代に私たちが目にし、耳にするものはどうなるんだろうか?

多分5年後くらいには各家庭に4Kモニターはフツーにあると思うのだが
どうも音の方はチープな感じに流れていて
「音源」の革命は進んだが、耳に伝わる方がイマイチな感がある。
多分骨伝導とかの方向に進むんだろうな。

カメラマンを待ち構えているのは3DVRカメラの世界かな?

1974年に創刊された雑誌にGOROというのがあって、私はあれで十分でしたけどね。

みんなブログを書いていた - 2018.11.05 Mon

先日、福岡市および近郊の小学生ソフトボール関係者が集まった飲み会があった。
今を去ること10年前(2008年)に私などが発起人となって始まった会である。
当時、各チームの指導者や保護者が、チームホームページから派生して
それぞれの思いを「ブログ」で綴るようになっており、要するにそのオフ会。

当時の飲み会は「コーチ陣+じゃっかんの保護者お母さん」てのが多く
ブログの書き手に多かったお母さんたちとの合コン?的な下心もあったかも・・・
真面目に書けば、チームやリーグの垣根を越えて、和やかににぎやかに仲良く楽しく飲みましょう、という趣旨だった。

で、ついでに「大賞」を参加者の投票で決めようということになり
第1回は大宰府の南ニューフレンズの「ヤマサキコーチ」が栄冠に輝き
第2回は、ネットの投票システムを導入し、那珂南のらっこさんが制した。

その結果が「こちら」なのだが「懐かしい」と思う方は古参。「知らんがな」という方が今は多いだろう。

全国的にも、「少年野球パパママブログ」「少年野球指導者ブログ」が星の数ほどあり、そのそれぞれが、それぞれの立場た状況から熱い思いを語っていた。

今はSNSが主流だが、SNSって記事の保存性や検索性にやや難がある気がする一方、ネットに個人情報を載せることへの感覚の違いなどもこの10年でかなり変化してて、10年後にはどうなってるのかな?なんて思う。

現役で参加された皆さん。趣旨が不明だったかもしれませんが、そういうことでした。

個人的には「この会は役割を終えたかな」という気もしている。
同窓会?なら同窓会に徹し、現役の交流会ならもっとそちら方面にシフトしたほうが良いのかな?
ま、あまり口出しはしないようにしとこう。もう自分の手を離れていると思うので。

幹事さんご苦労様でした。
参加された皆さんありがとうございました。

年末のご挨拶に代えて  - 2015.12.30 Wed

本年9回目の更新。
SNSの隆盛に伴って、私のような「素人ブログ」はめっきり下火になってきた。もっとも、SNSにしてみてもすでにその勢いに陰りが見えてきているように思うのだが。
年の瀬に今年を振り返る・・・のも芸がない。
そこで「年末年始休暇にお勧め」の「野球小説」をふたつ紹介し、今年の〆とします。
『イエローサブマリン』(山際淳司著/小学館文庫1998年・絶版)
イエローサブマリン
私が大学に入学した年に創刊された雑誌で印象に残るものが二つある。(当時は毎年、いや毎月何冊かの雑誌が創刊されていたのだが)
『ビッグコミックスピリッツ』と『スポーツグラフィックNumber』だ。
前者の創刊号には高橋留美子の「めぞん一刻」が、そして、米国の「スポーツイラストレイテッド」誌を意識したという後者の創刊号には、山際淳司なるライターによる「江夏の21球」が掲載されていた。
何度か触れたことがあるが、この「21球」はその後の日本におけるスポーツを題材としたノンフィクションに多大な影響を与えた。いや、この作品によって新しいジャンルが生まれたといって過言ではない記念碑的な一作だ。
1995年5月に肝不全でこの世を去った著者が、92年8月から93年3月まで産経新聞に連載した、彼としては珍しい長編小説。
日本球界ではさして実績のない一人の少年が、単身アメリカでプロ野球、そしてその頂点であるメジャーへ挑戦する姿を描く。
時代背景は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされたバブル期の1988年からその崩壊があらわになった91年にかけて。
テーマは一言で表せば「父と息子」だ。ジャパンマネーを背景に、メジャー球団、具体的にはレッドソックスの買収に商社のサラリーマンとしてビジネスに取り組む父。離婚した後、距離をとり連絡もしていなかった息子がアメリカでマイナー球団に在籍しているのを知り・・・。
作者は、自らの在米体験も含め、ベースボールという文化が根ざすアメリカの風土を日本のそれと対比させる。そして私には、マネーゲームに敗れた日本人がその後どのようなスタイルで生きていくか、「変化」を示唆しているようにも思えた。もっともその後日本は「変わる」のではなく「過去の栄光と夢の再来」を求め、失われた時代を彷徨うことになったが。
1995年は、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教の事件によって神話の終焉が告げられた年だった。
だが、山際が没した5月29日に先立つ5月2日、村上雅則に次ぐ2人目の日本人メジャーリーガーとして野茂英雄がドジャーズのマウンドに上がった。
好投しながらなかなか勝ち星に恵まれなかったが、山際の死の4日後である6月2日、初勝利をあげ、この月、野茂はピッチャー・オブ・ザ・マンスを獲得する。そしてオールスターの先発マウンドへ。
フィクションを現実が追い越していく。野茂はこの小説を読んでいただろうか?
絶版となっているが、Amazonなどで古本が比較的安価に入手可
『黄金の時』(堂場瞬一著/文藝春秋社2015年)
黄金の時
売れっ子作家(陳腐な表現!)としてスポーツを題材とした作品も多く手掛けている堂場瞬一による95作目。そしてこの作品も昨年(2014年)「Number」に連載されていたものだ。
『イエローサブマリン』がバブルの絶頂とその終焉を時代背景としているのに対し、こちらは1963年、東京五輪の前年にして日本人初メジャーリーガーが誕生する前年が舞台だ。つまり高度経済成長が始まる頃、アメリカのマイナーリーグに在籍した少年と父、そして少年の子ども三代に亘る「父と息子」の物語。
著者本人、あるいは編集者に、山際と『イエローサブマリン』へのオマージュがあったのかどうかは分からないが、私の中ではどうしても二作が結びついて解釈される。
この作品においても、華々しいメジャーを草の根で支える、奥深いアメリカンベースボールの世界にどっぷり浸ることができる。そして、冷戦下とはいえアメリカがベトナム戦争への本格参戦前夜、ケネディ大統領暗殺(1963年11月22日)直前までの3ヵ月(作品は全くそのことに触れないが)というこの作品背景は、まさにアメリカにとって「黄金の時」のベースボールを描いたものとなっている。
流石に手慣れた文体で、一気に読み終えることができる一冊だ。
全国書店にて絶賛?発売中。ただし1650円+税。お年玉で
では良いお年を。

ミスター・オクトーバー・ランを探して - 2015.10.26 Mon

高校野球も選抜枠がほぼ決まり、日本シリーズもたけなわ。
そして間もなくワールドシリーズも開始。

昂揚と「もうすぐ2015シーズンも終わりか」という哀惜が交錯する。

先日のアメリカンリーグ優勝決定シリーズ、ブルージェイズ対ロイヤルズをなにげなくテレビで見ていると、野球ファンを「おぉ~!」とうならせるワンプレイがあった。

3敗で後が無いブルージェイズは8回表、バティスタがこの試合2本目のホームランを放ち追いつく。そして雨による長めの中断明け、8回裏の攻撃。

間が空いて入りが難しかったのか、ブルージェイズのクローザー、オスーナが先頭打者を四球で出す。続く4番ホズマーが右翼線にヒット。打球を抑えた右翼バティスタが二塁進塁を防ぐためセカンドへ送球。しかし!一塁ランナー、ロレンゾ・ケーンは一気に三塁を蹴りホームへ!

これが決勝点となり、ロイヤルズがWS進出を決めた。

私世代のシニアファンが思い起こすのが、1987年の日本シリーズ第6戦8回裏、二死一塁、センター前ヒットで、辻発彦が一挙のホームを陥れた伝説の走塁。巨人クロマティの緩慢な送球を西武・井原サードコーチ(後の埼玉西武監督)が衝き、決定的な1点を奪った。このシリーズを決めるワンプレイでもあり「球界の盟主交代」を告げるワンプレイでもあった。

今年の日本シリーズでも、ホークスの隙の無い走塁が光っている。

第1戦4回裏。松田の本塁打で先制した後、連打のワンアウト一塁二塁から、続く今宮のセンター前ヒットでセカンドランナー中村は、中堅上田の好返球で本塁憤死。
しかし、上田の送球がカットを経ないダイレクトであったため、一塁ランナー吉村は躊躇せずセカンドを回りサードへ。この後、高谷の内野安打で生還する。

高谷の内野安打は確かにラッキーだったが、それを勝利へ結びつける「必然の走塁」があった。

続く第二戦では、6回裏、福田のタイムリーで二塁ランナー今宮が生還し追加点をあげた場面、サードを狙った一塁ランナー高谷を、今度は中継からの切り返しでヤクルトが刺している。

この布石が今後の試合、どう作用するか?
確かなのは、全てが「想定し練習されたプレイ」だったということだ。

プロ野球の世界は、我々凡人が考える遙か斜め上のレベルで繰り広げられるかけひきと技術のせめぎ合い。まさに神の領域に限りなく近い、しかし人間が織りなす攻防だ。

「層が厚い」「強すぎる」と評されるソフトバンクだが、それは、我々の想像を超える競争と、努力と、そしてマネジメントと、闘志が積み重なった結果である。

ヤクルトだって、セリーグを制した実力を侮ってはいけない。
今年6月6日の交流戦、ホークス対ジャイアンツ。2点差の8回裏二死一二塁、アンダーソンの右中間二塁打で、栁田の返球をやや外野寄りに受け、助走をつけて本塁送球。一塁ランナー大田を本塁封殺し同点を防いだのはセカンド川島。前年までヤクルトの選手だった。

ホークスのサードコーチはヤクルト黄金時代の一角、飯田哲也。投手コーチも同じく吉井理人。

ちなみに、先ほどの1987年の第6戦。西武のピッチャーは工藤で、前の第五戦をリリーフで勝利に導き、この試合完投勝利。胴上げ投手となった。
そして、くだんのプレイでヒットを打ったのは、前監督、秋山幸二である。

今年のミスターオクトーバーは誰だ!
素人は素人なりに、野球は深く、面白い!

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Author:dugongbar
玄界灘に生息するひねくれおじいさん「じゅごん」の駄菓子屋さんです

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