1月の終わりの青い空

屋形原ライオンズ杯、結果は3位。

屋形原2


準決勝で惜しくも涙をのんだけど、気を入れ替えて臨んだ南片江さんとの3位決定戦。

息詰まるような投手戦、タイブレークに突入し、最後はエラーが明暗をわけた。

準々決勝の美野島戦も、決勝点は、四球で出たランナーがパスボールで生還したもの。



2チームとも、リーグ戦では、春・秋ともに、けちょんけちょんにやられた相手。
手も足も出ず、という内容だった。

その相手に勝つことができた。格好いい、華々しい、「打ち倒した」という勝利ではなかったかもしれないが
最後に対等に渡り合い、勝つことができた。


屋形原杯出場にあたり、6年生にはこう聞いた。
「ふたつのやり方がある。ひとつは、これまでの大会同様、あくまでも優勝を目指し勝ちにいく。もうひとつは、勝負よりも、思い出をつくるための大会。みんなで相談する必要はない。ひとりひとりで考えなさい」

と。

そしてこうも付け加えた。
「前者で行く場合、当然出場できない6年生もでる」

と。


試合前、それは自分のことだろうと自覚してる一人の6年生が、自分の気持ちを監督に伝えた。


「勝ちたいです」


現6年生は、自分たちの力で手にしたメダルというのが、ない。


東区選手権の3位と、東区大会の準優勝はあるが、両大会とも賞状とトロフィーのみで、メダルはなかった。


正確には、駅伝大会で頂いたが、それはやはりソフトで頂いたものとはちょっと違う。
千早西クラブはソフトボールクラブであって、陸上部ではないのだから。

だから、新人戦大会で下級生たちが手にした銀メダル、数が余ってるからあげようか?と言われて
実に微妙な顔をしていた。下級生の手前怒りはしなかったが、内心はちっともうれしくなんかなかっただろう。




目指すは優勝旗と金メダル!最後まで挑戦する!



腹は固まった。
しかし、その思いは他のチームも同じ。





1日目初戦の三宅さん。ラストトライアルでやられた相手。

エラーがからみ、1点を先制される。
リンク戦、5回50分の試合は、先制点がとてつもなく、重い。
引き分けでも、リンク抜けが難しくなる。

土壇場の4回表、思いがけないエラーが立て続けに起こり迎えたチャンス。
6年生コウキが送り、1アウト2、3塁で、打順は8、9番の4年生。

追い込まれながら、ファールで粘って、フルカウントから、レフト前のタイムリーで同点!
この大会を振り返ると、この一打を放ったユウサクが、ラッキーボーイだったような気がする。

2アウトから、キャプテン・タケトのセンター前で逆転!

ネット裏で試合を見ていた、リンク対面の、シューティング・南監督が椅子から立ち上がり、自チームの方へ帰っていった。

続く壱岐東さん。試合前、相手のお母さんに確認すると、やはり今日が6年生の引退試合とのこと。
2対0で勝たせていただいた。

毎年のことなのだが、この大会、応援の保護者の方々には少し酷なお願いをしている。

6年生最後の試合。それは相手も同じ思い。
勝って嬉しいのはもちろんだけれど、喜ぶのはゲームセットの一瞬だけで。

最後の整列、挨拶。心をこめた礼と拍手を、相手チームにお願いします、と。
最後まで頑張った6年生を讃える、心からの拍手を、と。

だからゲームセットの時、私はグランドの方ではなく、保護者の方を向く。
我を忘れ、歓声をあげ抱き合おうとしていた親たちが、「あ!」という顔をして、気をつけの姿勢をとる。

最後だし、喜びを爆発させたいよね。わかる。わかります・・・
でも、抑えてください。と。




組合せを見たとき予想した通り、パート進出をかけシューティングさんとタイブレークを戦うことになった。
先週のナガセケンコーで優勝したが、流石は南監督、手綱を緩めることなくこの大会も狙ってきている。

結局、2回とも点が入らず、抽選へ・・・
2週続けての抽選は、キツイ(笑)


神頼み、ではないが、空を見上げる。
午後から風が強くなってきたが、この時期の雁の巣にしては珍しい好天。
雲の切れ目に青空も見える。
乾いた冬の青い空・・・・・







夕方、八仙閣へと急ぐ。
福岡市小学生ソフトボール連盟創立30周年記念式典・祝賀会。

下手だが頼み易いということで、カメラマン(記録係)を仰せつかっていたので、遅れるわけにはいかない。
盛大で、いいセレモニーだった。
写真の方は、共同写真のプロのカメラマンも撮られていたので、気楽に「場の雰囲気の記録」に徹させていただいた。

式典

実行委員

役員の皆さん、お疲れさまでした。
私の自作の川柳に、「親ばかの 親がはずれて ただの馬鹿」というのがあるのだが
この面々、そういう方、多い気がする。(失礼!ごめんなさい!)

チームを超え、リーグを超え、しかし抜群のチームワーク。


宴席で南さんが「いや~!千早西の騒々しい親の応援に負けた!」と悔しがっていたのが愉快だった(笑)
ほら・・・試合中は十二分にうるさいんだから・・・ゲームセットの時くらいは、ね。

それと、抽選後の挨拶は9人だけではなく選手全員でさせてあげたかった。





2日目。ゲンを担ぎ、自転車で雁の巣へ。
先週は、グランド移動が少ないからと2日目は車で行ったら抽選負けしたので、自転車で。

家からは20分程度。途中唯一の坂が、海の中道大橋の坂。結構きつい。車で通れば一瞬なんだが。

「栄光への架け橋」となるのか・・それとも・・・
そんなことを思い、ペダルを踏む。





雁の巣につくと、ちょうど朝日が昇っていた。

朝日

朝ぼらけ 宇治(うぢ)の川霧(かはぎり) たえだえに
     あらはれわたる 瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)
権中納言定頼

まあ、霧は出ていなかったが、橋の中央部から眺める和白干潟、そして博多湾の風景は、こんな雰囲気。
凛とした冬の夜明け。そして、本日も青天。

サンド

キャプママが、試合のたびに「コーチの朝食に」と作ってくれたサンドイッチも今日が食べおさめだ。



美野島戦。エースのSくんが絶不調でコントロールが効かない。
こちらのヒットは内野安打の1本のみだが、それでも勝敗は分かれる。
試合後の6年生たちの涙を見ると、胸がせつなくなる。



準決勝で愛宕浜さんに完敗。
選手、親ともかなりへこんでいたけれど、「もう1試合できる」と臨んだ3位決定戦。


周囲を見渡すと、11番で少年の軟式野球をやっているが、昨日の朝、あんなに渋滞していた駐車場からも車の数が減り、閑散とした雁の巣で、ここだけに選手や応援団の声が響いている。ひとつのボールを見つめている。


昨日負けたチームは、ホームグランドで新チームの練習に取り組んでいるだろう。新しい1歩を歩みだしただろう。


今、市内で公式戦の試合をしている小学生ソフトボーラーは、多分ここだけ。





屋形原杯で、この思いを味わうのは、あの時以来か・・・
4年前の、決勝戦。

あの試合を知っているのは、現チームでは智だけ。コーチを除けば、智の親以外、皆知らない。

あの日、準決勝の八田戦の時か、試合前だったと思うのだが、凧がひとつ、ふらふらとグランドに飛んできて
大騒ぎして回収したのを覚えている。

なんとか回収しないと試合の邪魔になる・・・団旗のポールかなんか降りまわして見上げたあの日の空も、そういえば青かったよね。



他のメンバーの手前、声に出しては言わなかったが、この大会の鍵はやはり智が握っていると思っていた。
膝の具合はかなり悪化していた。歩く時引きずってるんだから、見てりゃわかる。
しかし「痛いんか?」と聞いても、「治りました。痛くありません」という。


1年間投げてきて、この時期どこも痛くないエースなんて、いない。
速球派であればなおさら。




あの日、智はまだ2年生だったのか。ヒデと大地の投げ合いを、どの程度覚えているのだろう。
でも、子どもの記憶力はすごいから、意外に鮮明に覚えているかもしれないな。
智の兄は準エースだった。他のチームだったら堂々エースを張っていただろう。



そんなことを考えながら、試合中盤、一塁側から東の空を見上げると

「おや?」

青空に、小さな白いものが動いている。最初鳥かと思ったが、違う・・・

凧だ!

冬のこの時期、青天、そして午後からやや出てきた風

凧をあげようと思った子が居ても不思議ではないが・・・

確かに、凧だ。北からの風にあおられて、ずいぶん高くあがっている。



なんだか愉快になった。
「勝てるんじゃないか?」そんな気がした。


0対0のままタイブレークへ。

表の南片江さんは、1番キャプテンからの打順。バントはせず、真っ向勝負だった。0点。


裏の攻撃は智から。初球からフルスイング。長身エース、大暉の球もとてつもなく速い。
ベンチを振りむいて智が笑ってる。苦笑いや照れ隠しではない。
「面白い!ソフトって、勝負って面白い」という笑顔。

1ボール2ストライクからの四球目、なんとか当てた球はピッチャーゴロ。
牽制して一塁に投げるがランナー、トモキ三塁へ。

折り返しの送球がわずかに高い。グラブを弾いた球はファールグランドを転々とする。




サヨナラ




球運。
だが、この二日間の智の投球は鬼気迫るものがあった。
そのバックボーンに、多分、あの日の試合の記憶のワンピースが、確かにあるはずだ。



ゲームが決まった瞬間、流石に私も後ろは振り向かず、選手たちの姿を眺めていた。
最後の最後、少しだけはしゃいでも仕方ないか・・・
でも、来季の事務局を担うナイトマネージャーひでちゃんの
「最後の挨拶、よろしくお願いします!」という声が背中から聞こえた。


思いは、経験は、継承されていく。



表彰



自分たちの手で勝ちとったメダル。





小学生のソフトボールの魅力って、いったいなんだろう?たびたび考えてきた。

現在のところの答えは「親子の思い出の共有」

もちろん、旅行に行っても、レジャーを楽しんでも、思い出はできるわけだが、それは多くの場合「家族だけの思い出」だ。



小学生ソフトの思い出は濃密だ。ちょっと濃すぎて辟易とする人もいるかもしれない。
悔しいことや、辛いことの方が多いかもしれないが、それでも我慢できるのは、仲間がいるから。




どの親御さんも同様だろうが、我が子の練習や試合を見、応援するうちに、チームの子すべてが自分の子のように思えてくる。我が子が活躍すればもちろん嬉しいが、へたっぴいで、苦労してきた子が打つ一本のヒットが、それ以上に嬉しかったりする。


そして6年生の秋頃からは、自分のチームだけでなく、他のチームの6年生もそのように思えてくる。
その子の親の気持ちが痛いほどわかる。


一緒の思い出を共有してきたものとして。


同じリーグはもちろん、対戦するチームの6年生、同じ背番号やポジションだったりする6年生であろう選手を見ると、その親の気持ちを考えずにはおられなくなる。


「本当?」やったことない人はきっと思うだろう。

「そうそう」やった人には、きっとわかってもらえると思う。



努力して理解するわけではない。「わかってしまう」のだ。
もちろん、それぞれの立場で100%同じわけではないが、通じるものが、確かにある。



それを、子が卒団し、「親」がはずれたあの人たちも、原点として大切に心に抱いている。




親

優勝した清道クラブジュニアのたかままさんが、千早西のお母さんたちといっしょに写真を撮ってくれている。
3決に勝った時も泣いてくれたし、決勝戦勝ったときは、千早西の母たちが泣いていた。



本来、赤の他人のはずなのに、自分の子どものために喜び、悲しみ、涙を流してくれる人が、あなたには何人いるでしょうか?その子のことを思い、心の底から喜び、泣き、笑える「赤の他人の子」が、あなたには何人いるでしょうか?


たかままさん

最後、最優秀投手賞の我が子を撮るたかままさん。
すばらしいはなむけですね。
お兄ちゃんの時から長い間、御苦労さまでした。ありがとうございました。

その姿を、千早西のカメラマン兼エースの母が見守る。




愛宕浜


銀メダルをかけてもらう子を眺めながら涙する、愛宕浜の貴婦人達・・・
その万感の思いとともに、ファッショナブルさを保ちながらも南極越冬にすら耐えられそうな完全装備から、幾度かの雁の巣の冬を乗り越えてきた逞しさが伺える(笑)
この日、この時、4チームの子どもと保護者が共有した、何ものにも代えられない思い出。


夕日

帰り道、海の中道大橋のてっぺんから、日差しが西戸崎付近と海を照らしているのが見えた。
本日天気晴朗なれど、風冷たし。
帰りの車の中は、どのチームもさぞや騒々しいことだろう。



屋形原1


大内田監督、そして屋形原ライオンズのスタッフの皆さん、今年も思い出がたくさんできました。
ありがとうございます。本当にありがとうございました。
先週、春日市連盟の35周年式典で「今年は天気が良いことを祈るばかりですね」と言葉を交わさせていただきましたが・・・本当に二日間、良いお天気でした。雪、降りませんでしたし、積りませんでした(笑)



私事だが、初日の土曜日、娘に初孫が生まれた。
雁の巣についてすぐ「産気づいたよ」と家内から連絡をもらったが
「6年生の最後だから、試合を見届けてから行くから」と伝えた。

初産にしては思いのほかお産は軽く、11時11分、元気な女の子が産声をあげた。

ちょうど、三宅戦で、逆転した時間帯か・・・・



大きくなったら教えてあげよう。
「寒かったけれどいいお天気で、日差しは暖かい日だったよ」と

良い日にしてくれて、ありがとう。6年生たちよ。
それは千早西だけではなく、全ての参加チームの6年生への気持ちです。




一部に「抽選に勝てたのは、孫ちゃんのお陰では?」という声もありますが
そんなことはありません。ちゃんとみんなの努力と応援の結果です。

「こんなことに、大事な孫の運をつかいたくありません!」(爆)

母子ともに元気です。お祝いの言葉、ありがとうございます。
スポンサーサイト
GO TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。