昭和の日

「さあ、ここで迎えるバッターは王。ツーアウト二塁、ランナー高田。1点差で大洋リード。終盤7回裏。平松の投球数は100球に達しようとしています。解説の村山さん、ここはどうするでしょうか」
「そうですねぇ。勝負に行くのかどうか?ベンチはくさい球を投げてカウントが悪くなったら敬遠というような指示をしがちなんですが、そういうんのがいちばんあかんのですわ」


読者の年齢層に合わせて?やや70年代も半ばの設定にしてみたが、とにかくお茶の間の団欒に占めるナイター中継の重みというのは、今の子供たちには想像もつかないものだった。
7時からNHKのニュースを見て、その後、チャンネルを合わせ巨人戦のナイター中継を見る。
毎晩、毎晩これが繰り返されておったわけです。
お姉ちゃんは歌謡番組が見たい。
お母さんはドラマが見たい。
しかしそこは、お父ちゃんと男の子がしっかりタッグを組んで、ナイター中継のチャンネル権を死守するわけですな。

この攻防はやがて、「二画面テレビ」という、今でも要るんだか要らないんだかよくわからないテレビ機能の発明につながりますが・・・それはさておき。

「昭和の子供」、といっても、本当はすごく幅が広いのですが・・・より正確には「ともに昭和生まれの父子」にとって、ナイター中継及びその解説というのは、その思考過程に深い深い影響を与えているものですな。

野球のセオリー
先頭打者の四球がだめ、見逃し三振がだめ、四球のあとの初球を狙え、変わったところに打球がいく、短く持って反対方向、当たった打者も痛いけどピッチャーはもっと痛いですよ、そろそろ変え時、等々・・・

ほとんどこれ、指導者や技術書じゃなくて、野球中継のアナウンサーと解説者、から教わっているんですよね。

んで。「野球漫画」というジャンルにおいても、たとえそれが中学校の地方大会であっても、必ずアナウンサーと解説者というのが当時は存在しておりまして・・・・
シチュエーション、選手の状況、戦術、作戦・・・事細かに説明してくださるわけです。



まあ、今でも野球中継はあるし、解説も存在するわけですが、ほら、今の子って、そこまで入れ込んで見てないでしょ?ナイター中継。


1970年代の半ばに野球中継は大きく技術革新していきます。
まずバックネット裏からだったアングルが、センターからに変わる。
スピードガンが導入される。
スローモーションの技術が向上する。

「配球」というのが、打者との駆け引きという心理的側面より、確率論、統計論へと収束されていきます。

この辺から「解説」の内容も、だんだん変化していったように感じます。

とにかく、40年前の小学生たちは、陽のあるうちは近所の空き地で三角ベースをしながら「さあここでバッター高田!」とか「松岡降りかぶった!」とセルフ実況をかまし、そして晩御飯を食べながら家族と、1時間半ほど、古き良き野球解説を聴きながら育ってきたわけです・・・

私が言いたいのは・・・


「誠に残念ながら、試合の途中ですが番組終了の時間となりました。ではお茶の間の皆さまさようなら。あっ、シピン打った、大きい!大き・・・・・」



プロレス中継?それがからむと話がややこしくなる・・・


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