極私的野球漫画史 第2章 「少年は魔球を目指す」

トキワ荘出身の寺田ヒロオは社会人野球の投手として活躍した経歴を持ち、野球漫画の中でアナウンサーと解説者が状況を説明するという手法を初めて取り入れたと言われている。

 『小学一年生』の1969年3月号に掲載された『スポーツマン金太郎』を私は読んでいるはずなのだが、中身をほとんど覚えていない。熊や猿といっしょに野球をやるという設定はうっすら記憶している。

 寺田の描いていたのは「野球漫画」というよりは「児童漫画」で、『巨人の星』をはじめとする相対的にリアルなタッチの画風(劇画)が主流となる中で過去の人となりつつあった。
その後筆を折り、作品の単行本化も少なかったので「幻の作家」と呼ばれている。

 讀賣巨人軍の九連覇(V9)は1965年(昭和40年)から1973年にかけて。
 野球の中心に巨人がおり、その中心に王と長嶋がいた。
この絶対的な存在を軸に野球という世界が成立していた。金太郎や桃太郎や熊や猿が入り込む余地はなくなった。

 『巨人の星』は、「大リーグボール1号」「2号」「3号」という「魔球」抜きには語れないだろう。そして「巨人」「魔球」という設定の先駆けとなるのが、『ちかいの魔球』だ。はっきり言えば『巨人の星』は『ちかいの魔球』のパクリ。

 作画はちばてつやで、「週刊少年マガジン」に1961~62年に連載された。さすがにリアルでは読んでないが、その後貸本屋で借りて読んだ。
 今のレンタルショップではありません。私が子どもの頃の貸本屋です。

 主人公・二宮光は「止まる魔球」「四つに分かれる魔球」「消える魔球」という三つの魔球を習得するのだが、これについて説明できる人はほとんどいないだろう。
 私もできない。まず『巨人の星』ほどそのディテールについて説明されてないし、とにかく人間関係が複雑に交錯するストーリーが子どもには難しすぎた(原作は福田和也)。

 その前から水原監督のもと、王、長嶋の入団で巨人は黄金時代をすでに迎えていたのだが、やはり川上監督V9のど真ん中で連載とテレビ放映されたことが『巨人の星』を『巨人の星』足らしめたと思う。

 少年たちは皆「大リーグボール1号」の習得に励んだ。
「2号」はちょっと無理だったが、謎の解明に夢中になった。
そして「3号」。ウインドミル投法がまだ普及していなかった当時、誰もが「気分は大リーグボール3号」でソフトボールのピッチャーをやってみた。
バットもソフトボール用なんてものは売ってなく、みな軟式用の木のバットを使ってた。
蛇足だが、野球盤の「消える魔球」は、あれは魔送球というよりフォークボールですね。当時はフォークボールも一般的じゃなかったが。

「魔球」は剣豪小説における「必殺技」と同じポジションなのだろうが、スポーツ漫画では野球に限ったことではない。
 同時代に少女たちの心をわしづかみにした『アタックNo.1』における「木の葉おとし」『サインはV』「稲妻落とし」を双璧とし、猛特訓に励む主人公らは、さらなる強大な敵に打ち勝つため秘密の特訓によって、ニュートン力学を完全に打ち砕く動きをする必殺の武器、すなわち魔球を手にするのだ。

 しかし、苦労して編み出したその魔球もやがて必ずライバルによって破られる。盛者必衰。
 絶対的王者とされ、いつまでも続くと思っていた巨人の連覇もやがて終わる時を迎える。「不確実性の時代」が到来する中、野球漫画と魔球は思わぬ方向へと迷走を始める。

(つづく)
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