卒部リーチ

立春を迎え、ようやく暖かくなってきた。

だが

肌を刺すような寒さは決して嫌いではない。
身の回りを包む空気と精神を浄化するような
凛とした気迫が湧いてくる。



勇気凛凛の「凛」だ

この字のもともとの意味は、寒い、ということを指す。
そしてそれが転じて、きりっとした様、身の引き締まる様を指し
凛凛と重なって、畏敬の念を起させる意となる。

厳しい寒さこそが、人を磨き鍛えることを先人は知っていたのだろうか。


日曜日は卒部式。
4人の16期生が西クラブを巣立っていく。

太我 タイガ 10
不思議なキャプテンだった。下手かというとそうではない。しかし上手いかというと、そうでもない。
平凡なのかというと、そういうわけでもない(笑)
つかみどころが、ない。
4人兄弟の3人目。
8期生のお兄ちゃんが在部していたころ、生まれた。

お父さんは、中学校の野球部の監督。
しかも家はFヘッドコーチの家の隣(笑)
生まれたときから、宿命づけられていた?

しかし太我は抵抗した。
やっと入部したのは3年生のころだったと思う。
やればどうなるか、幼いなりに見えていたのだろう(笑)

低学年チームの練習中
忽然とグランドから姿を消したことがあった。
大騒ぎして捜すと、やがて家に帰ってたのを発見(爆)

お兄ちゃんも、本当にソフトや野球が好きなのか?
測りかねるところがあった。
でも結局、高校でも野球部に入り、今はサンデーリーグに顔を出したりしている。
そんなもんなのだろう。
この前話したら
お父さんは「太我は、中学で野球をするかどうかわからない」と笑っていた。
して欲しいという気持ちはあるんだろうけど。

多分、すると思うよ(笑)

のんびりしたキャプテンであった。
怒られても、怒られても、マイペース。
しかしそれが太我なりのキャプテンシーだったのだと思う。

これからも我が道を行け。

お父さん。練習方法など、お忙しい中顔を出してくださり、アドバイスありがとうございました。
お母さん。会計さん、御苦労さまでした。西クラブ、長かったですね(笑)



光 ヒカル 1
長男 匡(たすく)10期生ショート
次男 成(なる) 12期生エース
そして三男 光
全員右投げ左打ち

匡のころには、公園の隅でプラスチックバットでバコバコ左打席で打ちまくる
スーパー保育園児だった。
お父さんも華麗なプレーヤー。車のナンバーは51(イチロー)
男の子三人、全員右利きなのに、物心つく前に左打ちに仕立てていた。

運命は、決まっていた(笑)
小学校入学を待たずして、西クラブ入部。
でも、なかなか同期生が増えなかった。

何やらせても器用。
みんなのアイドル。
4年生で紺ユニ(当時のレギュラーユニフォーム)をもらい
順風満帆、かと思ったが・・・

そこからが試練だった。
なかなか身体が大きくならない。

気がついたときには、見よう見まね?でウインドミルも投げていた。
この代のエースは光・・・誰もがそう思っていた。
だが、6年生になった時、エースナンバーはお預けとなった。

背番号1をつかむにはどうすればいいのか?
人知れず走り、人知れず投げ
コントロールとチェンジアップを磨き
打者を抑える投球を身につけていった。

抑えても、抑えても、バックの援護なく、エラーが足を引っ張り・・・
それでも投げ続けるその姿に、6月、監督は背番号1を与えた。

多分、中学になり成長期も来るだろう。
センスは抜群だ。
創意工夫と内に秘めた闘志で、これからもがんばって欲しい。

お父さん。上2人のときに比べて出席率抜群でしたね(笑)。正直、いちばん期待していたのが光だったのでは?悩んだ時期もあったようですが、間違いなくお父さんが支えになってくれたと思います。ありがとうございました。今後も側面より見守ってください。
お母さん。長いこと御苦労さまでした(笑)、またご主人ともども、保護者会長お疲れさまでした。中学の野球部父母会が首を長くして待ってることでしょう


航也 コウヤ 3
4年生のころ、入部して間もなく引っ越しで隣の小学校へ。でも西クラブを続けますと言ってくれてほっとした記憶がある。なにせこの学年は人数が少なかったし、上の学年もそうだったから。
はっきり言って、身体的な素質には恵まれた方ではなかった、と思う。
入部当時は、投げ方、振り方から何度も教えられていた。
でも、航也には「ひたむきに、黙々とやる」という素質があった。

多分「やめたい」と思ったこと、何度かあったと思う。でも、続けてくれた。
生まれついてのサウスポーというのは、今、航也だけか?
この先野球を続けていけば、きっとそれが武器になるぞ。
リーグ開幕の愛好戦のタイムリーと、ラストゲームのレフト前、記憶に刻んでる。まあヒット多くなかったけどな(笑)。妹、大事に可愛がれよ。

お父さん。熱血指導お疲れさまでした。魚市場の仕事で朝早いのに試合、練習お付き合いいただき感謝しております。いつも新鮮な魚介類を差し入れしていただき・・・感謝の言葉もないです。
お母さん。赤ちゃんの誕生は、今年の西クラブ最高のハッピーニュースでした!ありがとうございました。大きいお腹での応援、また生まれたばかりの赤ちゃん連れでの応援、感謝感謝です。



直 ナオキ 4
なんで「樹」とか「紀」とか「毅」とかついてないのか、メンバー表書くときに悩んだが、ともかくナオ、だ。
直という字はストレート、という意味だ。直球の直だ。直接の直。
そんで、こいつは直角というか、とりあえず90度ずれている・・・
そもそも入部の経緯からしてこれまでの歴史を塗り替えるものだった。
入部してきたのは、もう6年生になろうかという時期。
しかも小学校はお隣の千早小学校。香椎ウイングスさんとか香椎公団さんとか、立派なチームがある。
なのに、突如千早公園に現れて「入ろうかな~どうしようかな~」とか言ってる
「ガタガタ言わずに入れ!」と言って入部させたが、これが本人にとって、何より西クラブにとって良かったのか、いまだに疑問が残る・・・しかし良かったことにしないと・・・卒部なんだし・・・
あまりにも足が遅く、守るところがないので、身体だけはでかいからとキャッチャーをやらせてみた。初めは話にならなかった・・・ツーストライクに追い込んで、相手がファールを打つとでかい声で「ナイスカット!」と叫んでいた・・・ベンチ全員がひっくり返った。

まあそんな君でも、それなりのキャッチャーに育ってくれたから、小学生ってすごいわ、本当。
最後は4番だしね。4番・・・6年生4人の中で4番目?単に?

そうこういいつつ、こいつの一発で拾った試合がいくつかある。ピザクックのタイブレークのあの当たりとか、福岡少年もか・・・

始めた時期が遅かっただけに、教えたらないことが多々あったが「大器晩成」を信じたい。中学でも野球部とか言ってるが・・・監督さん、お世話をおかけします。

お父さん。直は立派にやったと思います。卒部式ではお会いできますか?
お母さん。戸惑うことも多かったと思いますが、直のこれまでは見られなかった表情に接することができたのではないでしょうか。名前の通り、素直なやつです・・・



6年生よ、日本はこれからますます大変だ。甘くない。君たちの将来は、決してぬるま湯ではないと思う。
でも。この冬の寒さを忘れず

凛として

これからの末長い人生へ旅立ってくれ。

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