雨あがる

今、甲子園は雨で中断中・・・

明日からアキラ最後の大会が鹿児島であるため、今日昼に出発する。
なんとか帯同できるよう、仕事もひと段落した。

出発するまでの時間に「彼」のことについて少し書いておきたいと思う。

甲子園で活躍したりすると急に知り合いが増えたりするが・・私もその一人(笑)

あくまでもプライベートな思いでなので、固有名詞は書かず「彼」とさせてもらいます。

彼と初めて会ったのは2003年のことだった
リーグに新加盟したチームの監督の息子さん。
まだ2年生だった。

いろいろな事情があり生まれたチーム。
監督さんは、もとはあるチームのヘッドコーチをしていて
そのチームの監督さんと方針があわず、一部の保護者と新チームを発足した。
「試合ができなくても仕方ない」
そう考えて始めたチームを、ひょんなご縁からリーグにお受けすることになった。

チーム誕生にかかわるいきさつについては、双方の言い分があると思うし
私は直接の当事者でもないので、何も言えない

ただ「試合ができる」ということに、そのチームの関係者はとても喜んでいた。
負け続け・・・その年のリーグ戦は1勝だったはず。多分チーム初勝利だったのでは。

2年生の彼も、人数がぎりぎりのチームの中で、試合に出ていたと記憶する。

翌年・・・相変わらずなかなか勝てないチーム(失礼!)
この年は1勝と1引き分け
6年生のエースはいたが、3年生の彼は早くもピッチャーとして登板
何試合か投げていた

4年生。彼はエースになっていた。初勝利もあげた。3勝。

5年生。投打の中心でがんばり続ける、4勝。初めての勝ち越し&銅メダル。

6年生・・・剛速球投手として、彼は連覇を続ける千早西の前に立ちはだかった。
前年の秋には、新人戦の大会で初優勝もしていた。
試合の前には、マシンの目盛をマックスにして彼の速球対策をやった。
剛速球投手には、それを受けるキャッチャーが必要。
もくもくと彼の球を受けていたのが、現監督の息子さん。
かろうじて勝たせていただいた。
彼と彼のチームは初めての銀メダルを獲得した。

1月、粕友会でも優勝したと記憶する。

ただ、チーム発足のいきさつから、地元の協会に所属できず、全国はじめ協会主催の予選に出場することはできなかった。福岡市のチームではないため、準優勝ながら福岡市チャンピオン大会にも出場することができなかった。

「チームの地元協会への加盟を認めていただかなければならない」この年、リーグ事務局長として強く、はっきりと意識した。

卒業した彼は、部活ではなく硬式のクラブチームへと進んだ。
いろんなポジションをやりたいと考えていた彼は、たまたまあいていたキャッチャーを選んだ。
2年生の時、家庭の事情で栃木に転校。
そこでもクラブチームに入ったが、人数が少なく、試合ができないシーズンもあったと聞く。

こうして考えると、小学校、中学校、彼の歩んできた道は苦労も多かった。
だが「恵まれていなかった」とは必ずしも思わない
あまり強いチームではなかったが(重ねて失礼!)、自分の父親が監督をし、その信じるソフト(野球)のもと育っただろうし、仲間の大切さを小学校でも、中学校でも学んだだろう。

勝つに越したことはない。しかし大事なのは結果だけではない。そこに至る経過、取り組む姿勢である。
ひとり突出した実力ではあったが、ワンマンチームというわけでもなかった。
その歩みの上に、この甲子園での大活躍がある。伝統校ではあるがチームワークと監督さんの明確な方針。いいチームだと本当に思う。その仲間と野球ができる喜びを、誰よりも彼は感じているだろう。

今年、出身チームは地元のリーグに加盟し、協会にも加入。
うちのリーグは新しい道を進むことを選択した。

雨がやんだようだ。
再開されるであろう試合では、どんなドラマが待っているだろうか?

それぞれの思いを胸に、球児の夏の終わりが近付いている。
そして、息付く間もなく、新しいシーズンが始まるのだ。

私も、アキラとその仲間の中学野球最後の試合を見届けてきます。

コメント

やまさきこーち #FBS4NHfE

「彼」は素晴らしい活躍でしたね。
アキラはどうでした?

2011年08月21日(日) 22時25分 | URL | 編集

じゅごん #//wnbboM

コメントありがとうございます

★やまさきこーち
アキラの報告は次のエントリーで(笑)
思い出深いラストでした。

2011年08月22日(月) 16時23分 | URL | 編集


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