1月17日

阪神・淡路大震災から17年。

なのだが、それとは別に、1月17日は私にとって特別な日である。
昭和を代表するアイドル、山口百恵さんの誕生日である。
1959年のお生まれなので、53歳を迎えたということである。

もっとも私の中では21歳の引退時のままそのイメージは止まっているので
街で見かけても気付かないかもしれない。

1973年デビュー。
オーディション番組「スター誕生」がデビューのきっかけで、私は日曜朝のこの番組で初めて彼女を見た。
多分4月頃である。
日曜日の午前11時からという時間帯に、この偉大な番組が放送されていたというのが、いかにも1970年代。
「カラーテレビの黄金期」である。

デビュー曲「としごろ」を歌う彼女を見て、私は一発でファンになった。
クラスでは桜田淳子が圧倒的な人気であったが、「三人娘」の中でもトップの人気を誇った天地真理ではなく、シンシア押しであった私は、やはりややメインストリームからはずれていたのか?
それでも森昌子ファンになるほどにはマニアックではなかった。

ちなみに私の「アイドルファン歴」をご紹介すると
南沙織→小林麻美→山口百恵である。

小林麻美は、のちに「雨音はショパンの調べ」でブレイクするずっと前、エチケットライオンのCMに出ていた時にファンになった。アイドルというより、モデル兼タレントみたいな存在だった。

とりあえず、小学校6年生である。
4月だから小6になりたて。
今の5年生たちも、AKBがとか、それなりに夢中になるアイドルというのは居るのだろうか?
小学生~中学生にとってのアイドルというのは、多少の「受け狙い」も入る高校生や大学生のファンとはちょっと違う。


本気で「どうにかして結婚できないだろうか?」と夜も眠れずに悩んで、ラブレターにも似たファンレターを書いては破り、結局出せなかった経験があってこその、小厨房アイドルファンである。
そのうちリアルのクラスメイトの方に興味が移るまでの、その前に。


中学生になったじゅごんの前で百恵さんは、「としごろ」の清純路線とは決別し、「青い果実」「禁じられた遊び」「春風のいたずら」と「青い性路線」へと移行していくのである。
頭の中は「そのこと」しか考えていない中学1年生男子にとって、「ひと夏の経験」はこれはもうたまらない超越悶絶歌であり、「女の子の一番大切なものってなんだーーーーーーーーーー!」と頭の中で絶叫する日々であった。

教えてください千家和也先生。「きれいな涙色に輝く大切なもの」って、ナンデスカ?

この夏。先行する「くっくくっく淳子」を猛烈に追い上げた百恵は、ある種の社会ムーブメントとなっていく。
東大に「山口百恵を守る会」が結成され、2作目の映画「伊豆の踊子」の相手役には、オーディションで合格した現役東大生が一高生役を演じることになっていた。

そう・・・なっていたのだ・・・

「伊豆の踊子」は、1975年の正月映画だった。
私は、はじめて年上の従姉に映画館に連れて行ってもらい、下関の映画館でこの作品を観た。

私は、相手役の三浦某という俳優が噂の東大生なのかと思い、「東大生にもハンサムな男がいるもんだ」と嫉妬を感じた記憶がある。Shit!

だが、貸本屋で借りた「明星」「平凡」「ロードショウ」などから、この三浦友和は学生なんぞではなく、職業俳優だということが明らかになった。
なんでそうなったのか。西河監督の意向など、いろいろガキにはわからない事情があったようだが、とにかくこれが間違いのもとであった。

共演2作目の「潮騒」は、自分で小倉まで観に行った。
公務員家庭の専業主婦であった私の母は、中学生が自分だけでアイドル映画を見に行くという行為は「不良のすること」であり、絶対許さないと言っていた。私は当然そんな忠告は無視して行ったが、帰宅すると部屋中に貼っていあった百恵ちゃんのポスターが全部ひきはがされびりびりに破られていた。よくぐれなかったものだ(笑)


今なら中学2年生がAKBの握手会に行くようなものだろう。許さない家庭もあるとは思うが・・・今はどうかすると、親もいっしょに行列に並んだりしてるからね・・・


「潮騒」はGW映画だった。これを見た私は直感した。
「できてる・・・・・」

中学2年生のピュアで研ぎ澄まされた感性を持つ童貞男子は、スクリーンの向こう側に、演技ではない、百恵が友和に寄せる恋心をものの見事に見きったのである。
「ぜったいできてる!やばい!」


やばいが手も足もでない。
どうすることもできない。
TVの赤いシリーズなんか見る気がしなかったが、横目で見た。
ひそかに破局を願ったが、「ゴールデンカップル」などともてはやされ、二人の関係は深まるばかりである。
「なんで友和みたいな大根役者が!」
事実、当時三浦友和は単なる「百恵の相手役」だったし、結婚後も「百恵の旦那」であった。

しかし今、ちょっぴり哀愁のある中年男を演じさせれば、右に出る者はいない。
生真面目な中井貴一とは異なる「だらしなさ」を醸し出すこうした存在感ある役者になるとは、当時だれが予想したであろうか?




その一方で、百恵さんは「アイドル」から「大スター」への道を駆け上がっていく。
デビューが14歳。芸能活動は実質7年半。
引退時が21歳である。21歳ですよ。
みなさんの記憶に残る、あの「百恵さん」は21歳なんです!信じられますか?


10代で紅白のトリを務め、評論家からは「菩薩である」とまで評された。
中三トリオの二番手に甘んじてた頃のファンからすれば、それはそれでまた複雑な心境である。

大学に入り、すぐ近くの九電記念体育館で引退ツアーの福岡公演が行われたが、私は行かなかった。
あの年、南公園一帯に、2頭のパンダと百恵さんが居た瞬間があったのだ・・・(だからどうした?)


この年、松田聖子や中森明菜、たのきんトリオなどがデビューし、時代は70年代から80年代へと移っていく。
しかしどんなアイドルも私の心をつかむことは、もうなかった。


「区役所の百恵ちゃん」との異名をとっていた、現妻と出会うのは、もう少し時を経てからのことである・・・


コメント

うえこさん #-

青春ですなぁ~

百恵ちゃん…実はあんまり記憶になくって最後のマイクを置くシーンもその時に見たわけじゃないのですが………21歳かぁ………もっと上だと思ってました(AKBの前田さんがそれくらい?)


私の場合、役所広司→本木雅弘→岡田准一→今はだれ??嵐かなぁ(≧▼≦)キャッ

ちなみにうちのお嬢も今日が誕生日(*^_^*)


2012年01月17日(火) 21時32分 | URL | 編集

らっこ #-

なら、僕は…

朝丘めぐみ ⇒ 木ノ内みどり ⇒ 石野真子 ⇒ 中森明菜 ⇒ ベッキー です。

2012年01月18日(水) 05時53分 | URL | 編集

ぼうず #-

区役所の百恵ちゃん・・・・なるほど?

石野真子・・・私もファンでした。
スタ誕出身ですよね?

2012年01月18日(水) 06時04分 | URL | 編集

はやピーママ@高木 #-

えーっと

近藤真彦→本木雅弘→植草克秀→木村拓哉→櫻井翔→松本潤

女子では・・・

河合奈保子!!

2012年01月19日(木) 07時38分 | URL | 編集

うっつ~ #-

僕は!

飯島愛(ギルガメッシュないと)⇒
宝生舞

藤原紀香

長谷川潤 です


当時の飯島愛は僕らにとって神様でした(笑)

2012年01月19日(木) 16時30分 | URL | 編集

リュウ★群 #-

自分は・・・

ピンクレディー⇒聖子ちゃん⇒キョンキョン⇒ベッキー

ベッキーは最高です^^

2012年01月20日(金) 12時40分 | URL | 編集

じゅごん #//wnbboM

ここまで岡田奈々&柏原芳江無し・・・

★うえこさん
遅くなりましたが、姫お誕生日おめでとうございます。モテモテ確定ですね。
福島 敦子や工藤 夕貴もこの日ですよ。泰葉がちょっと微妙ですが。

役所広司は大河の頃かな?

★らっこさん
石野真子が長渕にもっていかれた時は悔しかったですよね。
あと後藤次利の野郎は次から次に・・・

★ぼうずさん
私の首領と呼ばせてください~♪
その後、「区役所の、のび太のママ(本名:野比玉子)」に呼称は変わりました

★はやピーママさん
見事にジャニーズ戦略にはまってますね。
私も奈保子ちゃん好きでした。「けんかをやめて~♪」は名曲として今に残りますよね。

★うっつ~
飯島愛は偉大よね。ギルガメッシュv-238
ちなみに、私が初めて自分のお小遣いで買ったレコードはなぎら健壱の「悲惨な戦い」です。

★リュウ★群さん
先日はどうも、大体世代わかりました。
昨日の「食わず嫌い」キョンキョン出てましたね!
ベッキー人気やなぁ~


私がとりあえず今気になってるのは「きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ」です

2012年01月20日(金) 19時42分 | URL | 編集


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