船乗り将軍と独断専行

あ、今日から作風戻りますんで・・・

例の、おたくウンチク吹聴ブログです・・・・

TBSの『運命の人』視聴率低迷してるらしいですね。
まあ、日曜の最後に観たい内容のドラマじゃないもんなぁ・・
原作は力作だし、原作の元になった西山事件も現在に連なる重要なテーマなんですが。

もっくん。力があるいい役者なんだけど、視聴率は持ってないのかな?

うちは観てますが、嫁さんは端役の長谷川博己(『家政婦のミタ』のダメ父、もっと言えば『セカンドバージン』の熟女キラー)がお目当て、私は原田泰造と真木よう子の夫婦というのに興味がありまして・・・邪道?

本木雅弘主演のTVドラマと言えば、三年越しで年末に放送されてきた『坂の上の雲』
こちらも視聴率的には厳しかったみたいで。

原作は読んでました。司馬遼太郎の主要作品読んでないと、経営者相手の営業はできないからですね。
ただ「坂の上の雲」は、「小説」としては途中から破綻してると思いますけど・・・

で、最終回で(その前の回から)物語のクライマックス「日本海海戦」。

東郷平八郎率いる聯合艦隊と、、ロジェストウェンスキー率いるロシア第2・第3太平洋艦隊(いわゆるバルチック艦隊)との海上決戦!
主力艦はバルト海から喜望峰を回り(当時スエズ運河が大型艦の通行が不可能だったのと、日英同盟を締結していたイギリスの支配下にあったため)疲労困憊していたバルチック艦隊という事情はあったものの、やはり火力は最強!

これに対し「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と出撃した聯合艦隊は、敵前大回頭(いわゆる東郷ターン)を行い、この艦隊決戦に大勝利。ニュースは世界中に衝撃を与える。

ロシア側の目的は、とにかくウラジオストックに逃げ込み(旅順港は、203高地の攻略により壊滅)、日本海の制海権を奪還し補給を断つことによって中国における戦闘を優位に保つ。
何隻かやられても、全滅せずに目的地であるウラジオストックにたどり着けば、ロシアにも勝ち目はあった。
しかし、結果は、最初の対馬沖の海戦とその後の掃討戦で、撃沈16隻(戦艦6隻、他10隻)、自沈5隻、拿捕6隻。他に6隻が中立国へ逃亡し、ウラジオストクへ到達したのは3隻(巡洋艦1、駆逐艦2)のみ、という、世界の海戦史上例を見ない完全勝利となる。

東郷ターンは、敵の眼前でUターン(より正確にはα<アルファ>型の運動)をすることにより、敵の進路を防ぎ先鋒に集中砲火を浴びせるという、言って見れば「肉を切らせて骨を断つ」とでもいうべき一種の捨て身の戦法だが、もっくん演じる聯合艦隊参謀の秋山真之が、出身地・伊豫の水軍戦法なども参考に、不眠不休で編み出したオリジナル作戦だ。
この他にも日本海を七段構えで備え、艦隊決戦と、駆逐艦・水雷艇による一種のゲリラ戦で、とにかく敵を全滅させるという目的をもっていた。

中途半端に勝っても、戦争が長引けば、当時の大日本帝国の金庫はからっぽで、戦争継続が不可能だった。

ただ単に勝つだけでなく、「完全に叩きのめさなければ意味がない」という過酷なミッションが課せられていたのだ。


「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」
掲げられた旗はアルファベットの最後の一字「Z」。
まさに「後がない戦い」


そして、TVでは割愛されていたが、ここで重要な役割を果たすのが、「船乗り将軍」こと、第2艦隊司令長官上村彦之丞だ。

東郷ターンで敵の進路を防ぎ、いわゆる丁字戦法と、よく訓練された射撃で、第1戦艦隊旗艦「クニャージ・スヴォーロフ(スワロフ)」と第2戦艦隊旗艦「オスリャービャ」など敵主力に集中砲火を浴びせ、バルチック艦隊は大混乱に陥る。
聯合艦隊旗艦「三笠」の砲弾は、試射二発、三発目で「スワロフ」に命中し、続く砲弾が司令塔を直撃し艦隊行動を不可能に陥らせた。すさまじい精度と強運である。

だが、戦闘開始後しばらくして、「スワロフ」は突如北へ回頭する。(三番艦の「ボロディノ」という資料もある。推察するに、「ボロディノ」は「スワロフ」の動きにつられたのでは)
最初、北東に向かっていたバルチック艦隊は、進路を押さえられ砲火をあび南東方向へ進んでいた。
この「スワロフ」の動きを、東郷は「敵前を突っ切る正面突破を図った」と思い、これへの追撃を命令する。


しかし、実はこの回頭は、舵が故障したためのものだった。
もしこのまま聯合艦隊全艦が「スワロフ」の動きにつられ北へ向かっていたら、他の艦の逃走を許し、いわゆる「中途半端な勝利」に終わるところだった。


しかし、ここで異変に気付いたのが、第1艦隊に続いていた第2艦隊の参謀・佐藤鉄太郎中佐だ。
「信号旗があがっていない。あれは舵の故障だ」
そう確信した佐藤は、第2艦隊司令長官上村彦之丞中将に具申する。

「三笠」からの「左八点一斉回頭」(左へ90度回頭せよ)という旗による命令に反し、第2艦隊旗艦「出雲」は「我に続け」の信号旗を出して、バルチック艦隊への猛追撃を開始。
巡洋艦中心の第2艦隊は、戦艦中心のバルチック艦隊に比べ圧倒的に火力で劣っていたが、船足は速かった。
東南東へ逃げる敵本隊の進路をふさぎ、砲火を浴びせる。

すでに統一行動が不可能となったバルチック艦隊は、なんとか逃げようと北へ進路を変更する。
ここで、誤りに気付き戻ってきた第1艦隊が待ち構えていた。
第1艦隊と第2艦隊が、手負いのバルチック艦隊を挟撃する形となり、先にあげたような「完全勝利」へと導く。

上村彦之丞は、東郷と同じく薩摩の出身だが、海軍兵学校での試験の席次は最下位。
机上の秀才ではなく、実務肌の人だったようだ。

日露戦争前半は、東郷率いる聯合艦隊主力は、旅順港に籠る旅順艦隊への対応(封鎖)に手一杯で、上村は第2艦隊を率いてウラジオストックの、浦塩艦隊への対応を担当していた。
しかし日本海特有の霧や、浦塩艦隊の神出鬼没の行動に苦戦し、補給艦の警護に失敗、多くの将兵の命が失われ世論の猛烈な非難を受ける。
帝国議会ではは野党代議士から「濃霧濃霧と弁解しているが、濃霧(のうむ)は逆さに読むと無能(むのう)なり、上村は無能である」と批判され、自宅(今の東京都目黒区の「上村坂」の上にあった)には民衆が投石したり、暴漢が押し入ったりしたそうだ。

明治時代は、この程度には軍人、特に指揮官には結果責任が求められ、容赦ない批判も浴びせられていたのだ。

ともあれ、上村は臥薪嘗胆、捲土重来、蔚山沖海戦で浦塩艦隊を壊滅寸前にまで撃破する。寸前というのは、あと一歩で全滅させられる、というとこで砲弾が尽きたのだ。
上村は激昂して悔しがったが、沈没に瀕しながら船から逃げず最後まで砲撃を続けていた巡洋艦リューリクの乗員に対し、「敵ながら天晴れ」と全員救助を命令し627名を救助。捕虜への丁重な扱いは同行していた外国人記者により世界に配信され、この行為は称賛された。


この様な「叩き上げの猛将」であったからこその独断専行だったのだろうが、もうひとつ、作戦を立案した秋山真之は、練りに練った自身の作戦を徹底するとともに、こうも命令していた。


「緊急の折には各艦・各艦隊独断で行動せよ!」


身勝手な行動は慎むべきとの考えから、「独断専行」はマイナスのイメージとしてとらえられることが多い。
また「軍神」東郷平八郎の「失敗」を語らない風潮から、上村のこの行動は案外知られていない。


だが、指揮官と部下の本当の信頼関係があれば、「緊急の折には独断で行動せよ!」。
こう命令できるのだ。
それこそが本当に強い組織だろう。


後日談

秋山真之の起草と言われる「聯合艦隊解散の辞」は、まさに明治の軍人のモラルの高さを世界に示したものだった。


これだけの大戦果をあげつつ「勝って兜の緒を締めよ」とは!




ま、実はそれに先立つ9月に、佐世保に帰港していた三笠で火災が起こり、それが火薬庫に引火して爆発・沈没するという大失態もあったわけですが・・・



ちなみに、上村に具申した佐藤参謀は、かつて戊辰戦争で戦った庄内藩の武士の子だった。
上村は鳥羽・伏見の戦い~会津戦争も戦っている。
西郷の下野に従おうとしたが、西郷自身から説得され兵学校に帰ったと伝えられる。

コメント

たかまま #-

なんですと・・・。

爺さんのボケ童話を書いてた

同じ方とは思えない・・・。



むむっ・・・難しい・・・。
佐世保って言葉が出たときだけ、
「ん???うちの実家が何んて??(^^;」って思いましたけど。

2012年02月23日(木) 00時26分 | URL | 編集

じゅごん #//wnbboM

コメントありがとうございます

★たかままさん
おお~!このエントリーは絶対コメントつかないと思ってましたので・・・ありがとございます!流石、佐世保鎮守府ご出身。
佐世保はいい街ですね~。行ったのはずいぶん前なので変わってるかもしれませんが、あの商店街のアーケードや、それに沿った道路のあたりとか・・・雰囲気好きです。

やまさきこーちも佐世保出身ですよね。
こんど佐世保ツアー企画してください。おすすめ穴場スポット紹介!

2012年02月23日(木) 14時17分 | URL | 編集

たかまま #-

ぜひぜひ(*≧∀≦*)

佐世保の街…ホントに大好きです♪

佐世保を離れて凄く感じます(〃∇〃)
美味しいものもたくさんだし…
異国な雰囲気も、キレーな夜景も…

ちょっと裏に入れば危険な香りがしちゃったり(( ̄_|


佐世保ツアーしたいですね~( 〃▽〃)
もちろん女子会メンバーも一緒に♪

2012年02月24日(金) 09時06分 | URL | 編集

じゅごん #//wnbboM

たかままさん

PROJECT SASEBO TOUR スタート!

2012年02月27日(月) 06時17分 | URL | 編集


トラックバック

GO TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。