近頃少し変よ~どうしたの~か~な~

「われわれは、単純な歓喜や、シンプルな勝利よりも、より錯綜した感情を好む段階に到達している。老化と思う人はそう思えばいい。年を取ることは、面白いことだ。」


小田嶋隆さんの文章は、好んで読むコラムのひとつだ。

昔はお気に入りのコラムだけを読むためだけに週刊誌を買っていたものだが
最近は「タダ」でネットで読むことができる。
多少の後ろめたさを感じながら、
木曜日には集英社の「Sportiva」サイトでの連載「二次観戦者の帰還 ~キス・ユア・アスリート~」
金曜日は、「日経ビジネスオンライン」での連載「ア・ピース・オブ警句」
を楽しみに待っている。

冒頭の文章は、「キス・ユア・アスリート」の中で、三浦和良選手のゴールに触れながら、同世代のアスリートの老い、引退を目にしつつ、年齢を重ねるごとに増すスポーツ観戦の「陰影と深み」について記したコラムの最後の部分だ。



なんとなく、西クラブの試合を観ていて、最近ちょっと自分自身のスタンスの変化を自覚している。
試合をやるからには、いかにそれが練習試合であろうが勝ちたいし、打席のバッターには打ってもらいたいし、ピッチャーには打たれて欲しくない。

だがやはり、長男(現在23歳です。9月で24歳)がやってた頃とは違う。
長男が加入したのはクラブの創世記で、リーグ戦にもBチームでしか参加していない。
スポーツが得意なわけでなく、中学でも野球はしなかったし、それほど本人がソフトに打ちこんでいたわけではない。

しかし振りかえるに、自分自身の思いは熱かったし、なにより、この時期行われる校区ソフトには「なんでそこまで?」というくらいのめりこんでいた。
町内の親父たちと怒声、罵声を浴びせつつ、練習を重ね、練習後は近所の保育園の駐車場に車座になって飲んでいた(日曜日でお休みの時)。保育園もとんだ迷惑だが、駐車場の周囲の家はみな顔見知りで、自分の子供もいたり、あるいは経験してきたりで、飲んでる私たちに家で茹でた枝豆などを差し入れしてくれた。

そして校区大会が終わると、町内にある運送会社の大きな倉庫の一角にビニールシートを敷いて「打ち上げ」。各家庭から一皿持ち寄り、試合を振り返りながら盛大に飲み、語った。町内の子供たちの成長について語り、「来年こそは」と誓い、また就学前の幼児には「早く大きくなってソフト(女の子はドッヂ)せにゃあ!」とけしかけていた。


次男の時、各町内の子供会の人数が激減。チーム構成が難しくなり、町内の枠を払ったレクリエーションに変化してしまった。


ソフトボールの主戦場はクラブチームに移ったが、すでにチームやリーグの事務局をやっていたし、途中からはチームの代表でもあったので、かかわり方はある種微妙なものがあったと思う。
今だから書けるがコーチスタッフの人事や指導方針などでゴタゴタしたこともあったし、そういう時調整役として、あるいは「最終決断」をしなければならない立場というのは、純粋に?「親子でソフトをしている」のというのとはちょっと違う。
次男が現役の時書けば「愚痴・泣きごと」の類だろうが、次男はグランドでの私をどう見ていたのだろうか?と思うことは今でもある。

ただ、やはりそこは一人の親として、「熱き親馬鹿」の一人として、我が子とそのチームメイトに熱い心からの声援を送っていた。勝てば素直に喜び、負ければ悔しく、我が子がエラーすれば切なく、試合に負けてもヒットがでれば本音は嬉しかった。




中学、高校と進み、子供とともに小学生チームを「卒業」する人もいる。
それもひとつの選択だし、むしろそれが「親として正しい」という気すら私はする。

だが、私は小学生ソフトの世界に「残った」。別に誰から強制されたわけでもなく、私自身の選択として。

「義務感」?あっただろう。
「居心地の良さ」も感じていただろう。


けれど、もっとこう、自分の人生の根底的なところで、小学生ソフトというものが、一本の軸として根付いてしまった、というのが最大の理由だと思う。「運命」?大げさだが、表現すればそういう言葉だろう。

で、自分の子供は卒部して4シーズン目を迎えるが、もちろん立ち位置は変化した。



「情熱」は失っていないと思う。
少年スポーツの指導者の中で、もっとも大事な資格は「情熱」だろう。
なぜなら、彼らが得るべきは「ひとつのことに情熱をもって打ちこんだ」という経験だと思うからだ。
高い金払って高度な理論や技術を学んでも、その土台に情熱がなければ意味がない。
「間違った情熱の方向性はむしろ有害である」という論も目にするが、それは相性の問題であり、「情熱ある少々ハタ迷惑な指導者」と出会った方が「情熱無き無難な人格者の指導者」と出会うより、あなたのお子さんの人生は厚みを増しますよ、と言いたい(開き直りか?)

(もちろんそれが虐待であってはいけないけれど。「耐えがたい」と思えば、いつでもその指導者のもとを去る自由は誰にでも保証される権利ですよ、という留保のもとで)


すぐ話が脱線する。

要するに、「試合を見ているようで試合の奥にあるものを見てしまう」という感覚が最近増している。もっと勝負にこだわり、一球入魂すべきではないのか!?と反省する程度に。

ブログなどを通じて入ってくる情報もあるし、いろいろな話が好むと好まざるにかかわらず耳に入ってくる。
相手チームの子供たちを見ていると、なんとなく感じることがある。
ボールではなく、外野の片隅や、相手ベンチにいる子供たちをぼんやり眺めていることがある。




望遠レンズでばーん!とクローズアップして見ていたのが、広角でドーンと引いて見ている自分がいる。
さらに、アルバムには18年間のいろんなシーンがストックされているのである。

30年とか35年とか第一線で指揮をとっておられる監督さん達には、同じ風景を前にしてもまた違う光景が見えているのであろう。
その展望台に向かう観望エレベーターの中ほどに今自分がいるということなのであろうか?

地上で、子供たちと同じ目線でグランドに立っていた頃が懐かしい、という気もする。

しかし、オウムの容疑者が、あの手配写真から現在の風貌になるのとほぼ同じ時間小学生ソフトにかかわり、同じ程度には老けているのだよ。じゅごんくん。





昨日、最近西クラブに入部した子のお父さんが、多分初めてグランドに来ていた。
お母さんとは以前ちょっとだけお話をしていたことがあり、お姉ちゃんが、次男の通う高校の中学部に居るという「話の共通点」を見出していた。

そのお母さんが、お父さんに私のことを紹介してくれた
お孫さんが、○○(娘)と同じ学校の高校部なのよ」


長老への道を目指して、がんばろう・・・
子供と同様に、親御さんにも温かい視線を忘れずに・・・





コメント

ナイトマネージャー #-

バスの中で読んでたのですが、噴き出しちゃいました!

父母会長として…お詫びしますwww

2012年06月11日(月) 19時49分 | URL | 編集

ぼうず #-

共感しながら読んで行き・・・・・何か変?と思ったら・・・・。

多分?間違いなく!先日入部したこの親御さんは、私のことをおじいちゃんと思っているに違いない!

2012年06月12日(火) 23時01分 | URL | 編集

ぼうず #-

それで、山口さんちのツトム君はどうしたんですか?

お引越し?

2012年06月13日(水) 05時46分 | URL | 編集

じゅごん #//wnbboM

コメントありがとうございます

☆ナイトマネージャーさん(父母会長さん)
お詫びして済むことと、済まないことがある!
済まない場合はどうする!?謝るのさ「スミマセン」

☆ぼうずさん
老け顔の宿命ですかね?これでも松田聖子とタメなんですけどね・・・

2012年06月13日(水) 16時14分 | URL | 編集

はやピーママ@高木 #-

すっごく

共感して読みました。
子育連本部としてソフトボールに対する風当たりの強いこともひしひしと感じながら,それでも3年ぶりに再開させて南区大会にも出場します。
多分「余計なことを~」と思ってるお母さん多数です。やったもん勝ちです。

そうそう,最後の部分にも共感です。
私も,はやピーの頃には言われるんでしょうね。
森高千里とタメなんですが・・・

2012年06月20日(水) 06時39分 | URL | 編集

じゅごん #//wnbboM

コメントありがとうございます

☆はやピーママさん
体調戻りましたか?子ども会のソフトボール大会って、多分40年近い歴史があると思うのですが、今後どういう風にもっていくのか難しいところでしょうね。
各地の子ども会や子育連自体の状況が、ここ10年くらいでもかなり変化しているようですから。
いつまでもお若く、べっぴんさんなはやピーママでがんばってください。森高にはちょっと負けるかもしれないけどwww

2012年06月21日(木) 15時46分 | URL | 編集


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